飾磨市

しかまし
飾磨市
飾磨市章
飾磨市章
1919年大正8年)4月1日制定
廃止日 1946年3月1日
廃止理由 新設合併
姫路市飾磨市飾磨郡白浜町・広畑町網干町・大津村・勝原村・余部村 → 姫路市
現在の自治体 姫路市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 兵庫県
市町村コード なし(コード導入前に廃止)
面積 18.10km2
総人口 35,061
(国勢調査、1940年)
隣接自治体 姫路市広畑町、白浜町、糸引村
飾磨市役所
所在地 兵庫県飾磨市
座標
  • 表示
ウィキプロジェクト

飾磨市(しかまし)は、かつて兵庫県に存在していたである。1946年姫路市などと合併し、飾磨区にあたる地域となった。

兵庫県内で最も早く消滅した市であった。

概要

  • 総面積 - 18.10平方キロメートル
  • 人口 - 約4万人(1940年(昭和15年)飾磨市発足当初)

歴史

  • 1889年明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、飾東郡飾磨津宮町・飾磨津大町・飾磨津天神町・飾磨津須加町・飾磨津東堀町・飾磨津田町・飾磨津御幸町・飾磨津上英加町・飾磨津下英加町・飾磨津亀山町・飾磨津都倉町・細江村・恵美酒村の区域をもって飾磨町が発足。
  • 1896年(明治29年)4月1日 - 所属郡が飾磨郡に変更。
  • 1919年大正8年)4月1日 - 下中島村を編入。町章を定める。
  • 1933年昭和8年)4月1日 - 津田村を編入。
  • 1936年(昭和11年)4月1日 - 英賀保村・高浜村を編入。
  • 1938年(昭和13年)4月1日 - 妻鹿町を編入[1]
  • 1940年(昭和15年)2月11日 - 市制施行して飾磨市となる[2]
  • 1946年(昭和21年)3月1日 - 姫路市・飾磨郡白浜町・広畑町揖保郡網干町・大津村・勝原村・余部村と合併し、改めて姫路市が発足。同日飾磨市廃止[3]

行政

歴代首長

特記なき場合『兵庫県市町村合併史 上』による[4]

氏名 就任 退任 備考
飾磨町長(官選)
1 下里順 1889年(明治22年)5月 1897年(明治30年)5月
2 高島仁左衛門 1897年(明治30年)5月 1898年(明治31年)5月
3 木村平右衛門 1898年(明治31年)5月 1906年(明治39年)7月
4 早川吉次郎 1906年(明治39年)9月 1925年(大正14年)3月
5 大森英文 1925年(大正14年)6月18日 1927年(昭和2年)10月
6 前川万吉 1927年(昭和2年)12月12日 1931年(昭和6年)12月
7 岡上彦三 1931年(昭和6年)12月26日 1940年(昭和15年)2月10日
飾磨市長(官選)
1 岡上彦三 1940年(昭和15年)4月8日 1940年(昭和15年)8月2日
2 横尾繁六 1940年(昭和15年)11月5日 1942年(昭和17年)12月17日
3 坂元藤八 1943年(昭和18年)3月2日 1946年(昭和21年)3月1日 廃止

町政時の町章

市制施行前の飾磨町では、町章が制定されていた。町章は、1919年大正8年)に下中島村を編入した際の合併祝賀会で定められた。町章の上半分の「×」は、片仮名の「カ」を、中心の縦棒は、平仮名の「し」を表している[5]。この町章は市政施行時にそのまま引き継がれた。

脚注

  1. ^ 姫路市 1994, p. 563.
  2. ^ 姫路市 1994, p. 561.
  3. ^ “姫路の歴史”. 2013年4月29日閲覧。
  4. ^ 兵庫県総務部地方課 1962, 659頁.
  5. ^ 飾磨町役場 飾磨町誌 1920年(大正9年)10月18日発行 1991年(平成3年)7月3日復刻 pp13

参考書籍

  • 兵庫県総務部地方課 編『兵庫県市町村合併史 上』兵庫県、1962年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3030497 
  • 姫路市史編集室「飾磨市の誕生」『姫路市史』 第13巻上、姫路市〈史料編〉、1994年、559-564頁。 

関連項目

外部リンク

  • 姫路市
  • 姫路市飾磨支所