壱岐振興局

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壱岐振興局
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(濃色が市部、淡色が郡部)

壱岐振興局(いきしんこうきょく)は、長崎県壱岐地域を管轄する県の出先機関であり、壱岐市郷ノ浦町に置かれている。2005年平成17年)の組織改編までは壱岐支庁(いきしちょう)、2009年(平成21年)までは壱岐地方局(いきちほうきょく)と称していた。壱岐支庁の名称の期間が長かったため、いまだに壱岐支庁と呼ぶ島民は少なくない。[要出典]

所在地

組織

  • 管理部
    • 総務課
    • 税務課
  • 保健部(壱岐保健所(郷ノ浦町本村触620-5、北緯33度44分55.6秒 東経129度41分31.8秒
    • 企画調整課
    • 衛生環境課
    • 地域保健課
  • 農林水産部
    • 農業企画課(芦辺町国分東触678-7、北緯33度48分2.3秒 東経129度43分19.7秒
    • 地域普及課(同上)
    • 衛生課(壱岐家畜保健衛生所)(芦辺町国分本村触1385-1、北緯33度47分52.2秒 東経129度43分3.6秒
    • 農林整備課
    • 水産課
    • 壱岐水産業普及指導センター
  • 建設部
    • 管理・用地課
    • 建設課
    • 壱岐空港管理事務所(石田町筒城東触1725、北緯33度45分0.8秒 東経129度47分2.5秒

沿革

[1][2]

  • 1871年明治4年) -廃藩置県により5藩(長崎、平戸、島原、福江、大村)が合併して、壱岐は長崎県となる。
  • 1878年(明治11年)- 郡役所石田郡武生水村(現 壱岐市郷ノ浦町)に設置する。長崎県議会議員の定数が決定し、壱岐郡・石田郡で定員3名となる。
  • 1879年(明治12年)- 第1回長崎県会議員選挙が行われる。
  • 1882年(明治15年)- 県会議員の定数を変更し、壱岐郡2人、石田郡1人とする。
  • 1883年(明治16年)- 佐賀と分県し、現在の長崎県となる。
  • 1896年(明治29年)- 壱岐郡と石田郡の2郡を併せて壱岐郡となる。
  • 1926年大正15年) - 壱岐郡役所を廃止し、長崎県壱岐支庁を設置する。
  • 1944年昭和19年) - 長崎県武生水保健所を開設する。
  • 1955年(昭和30年)- 武生水保健所を壱岐保健所に改称する。
  • 2005年平成17年) - 長崎県の組織改編で、壱岐地方局となる。
  • 2007年(平成19年)- パスポート発行事務を壱岐地方局から壱岐市役所総務課(郷ノ浦庁舎)に移譲。
  • 2009年(平成21年)- 長崎県の組織改編で、壱岐振興局(現在名)となる。

各組織の沿革 

壱岐保健所

  • 1944年(昭和19年)
    • 10月1日 長崎県武生水[3]保健所として開設。
    • 10月6日 長崎県告示第659号により設置。(昭和13年6月 長崎県告示第430号長崎県保健所設置規定)
  • 1955年(昭和30年)3月8日 - 長崎県壱岐保健所に改称。
  • 1972年(昭和47年)3月 - 現在地(現庁舎)に新築移転。
  • 2009年(平成21年)4月1日 - 長崎県地方組織改編により、長崎県壱岐振興局保健部(壱岐保健所)となる。

その他

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 壱岐の歴史情報 1800年代 -壱岐市立一支国博物館ウェブサイト
  2. ^ 壱岐の歴史情報 1900年代 -壱岐市立一支国博物館ウェブサイト
  3. ^ 読みは「むしょうず」。壱岐市郷ノ浦町の地区名。郷ノ浦町ができる前に武生水町があった。詳しくは壱岐郡のページを参考。たくましい武士が育ち、生きる水がわき出る土地ということからこのような地名になったと言われている。

関連事項

外部リンク

  • 長崎県公式ウェブサイト
  • 壱岐振興局各課の問い合わせ先
  • 壱岐保健所
  • 壱岐振興局農林水産部
  • 壱岐振興局建設部