テルテンリュウ

テルテンリュウ
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1976年5月25日
ロングエース
フミノチェリー
母の父 ガーサント
生国 日本の旗 日本北海道平取町[1]
生産者 稲原牧場[1]
馬主 伊藤輝、伊藤繁子[1][2]
調教師 土門健司[1][2]栗東
競走成績
生涯成績 18戦6勝[1]
獲得賞金 1億6528万0600円[1]
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テルテンリュウ日本競走馬種牡馬。おもな勝鞍は宝塚記念東京優駿(日本ダービー)優勝馬ロングエースの代表産駒である。全18戦中17戦で西浦勝一が騎手を務めた。

経歴

馬齢は当時の表記とする。

中央競馬で競走生活を送る。デビューは1978年12月[1]3日、阪神競馬場新馬戦。ここを勝利し[1]、続く800万円以下条件のシクラメン賞では、のちにクラシック路線などで争うネーハイジェットを降す[1]

1979年、4歳時の春は常に人気となるも、きさらぎ賞2着[1]毎日杯3着[1]など勝ちきれないレースが多かった。皐月賞は回避し、マーガレットステークス(当時2000メートル)を勝利[1]。東京優駿出走に向けて万全の状態でNHK杯へ出走、皐月賞2着のカツラノハイセイコ(3着)も出走していたが、2着に2馬身2分の1差を付け勝利[3]。単勝3番人気に支持された[4]東京優駿では、最後の直線で斜行[4][注 1]リンドプルバンに不利を負わせ[5]、カツラノハイセイコと競り合う[5]も最後は3着に終わる[4]。秋は菊花賞を目指したが、体調不良で回避。

1980年古馬となった5歳時はスポーツニッポン賞金杯2着[1]のあと日経新春杯で1番人気を裏切り[1]、オープン戦でその年の京都記念優勝馬アグネスレディーに勝利したが、天皇賞(春)では同い年のニチドウタローの6着だった[1]。そして、中京競馬場で開催された宝塚記念に出走[2]。カネミカサ、リンドプルバン、ニチドウタロー、カネミノブメジロイーグルなど強豪馬が揃うなか1番人気に支持された[2]。レースは不良馬場[2]という過酷な環境で行われたが、1周目の直線で後方から好位に取り付き[2]、逃げたメジロイーグルや先行したハシクランツ、カネミカサを最後の直線で内から差しきり優勝した[2]

続く高松宮杯は繋靭帯炎のため出走取消となり[6]、以降も復帰はならず[1]、1981年に競走馬を引退した[1]。その後鹿児島県で種牡馬となったが早世[1]。2年間の供用で遺した産駒は3頭であった[1]

血統

テルテンリュウ血統ファリス系Blue Peter 4×5=9.38%、Fairway 5×5=6.25%) (血統表の出典)

ロングエース
1969 黒鹿毛
父の父
*ハードリドン
Hard Ridden
1955 黒鹿毛
Hard Sauce Ardan
Sancy Bella
Toute Belle Admiral Drake
Chatelaine
父の母
ウインジェスト
1963 黒鹿毛
*ティエポロ Blue Peter
Trevisana
*ノルマニア Norman
Sainte Mesme

フミノチェリー
1969 鹿毛
*ガーサント
Guersant
1949 鹿毛
Bubbles La Farina
Spring Cleaning
Montagnana Brantome
Mauretania
母の母
キヌコ
1962 黒鹿毛
*ケリー Panorama
Cottesmore
*フェアヒルズ Fairwell
Song of the Hills F-No.1-l

母の半妹にアイノクレスピン[1](1977年神戸新聞杯優勝)。

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 騎手の西浦はこの斜行により騎乗停止処分を受けた[4]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 山野浩一「'85年3歳新種牡馬レヴュー (2)」『優駿』、日本中央競馬会、1985年9月、126頁。 
  2. ^ a b c d e f g 筑紫正臣「第21回宝塚記念」『優駿』、日本中央競馬会、1980年8月、72-73頁。 
  3. ^ 「第27回NHK杯(ダービートライアル)」『優駿』、日本中央競馬会、1979年7月、82頁。 
  4. ^ a b c d 「東京優駿(第46回日本ダービー)成績公報の写し」『優駿』、日本中央競馬会、1979年7月、11頁。 
  5. ^ a b 岡田毅「ハイセイコ 父の無念晴らす」『優駿』、日本中央競馬会、1979年7月、14頁“5月28日サンケイスポーツ掲載” 
  6. ^ 「第10回高松宮杯」『優駿』、日本中央競馬会、1980年8月、77頁。 

外部リンク

  • 競走馬成績と情報 netkeiba、JBISサーチ
日本の旗 宝塚記念勝ち馬
   

国際競走指定前:
01回(1960年) ホマレーヒロ
02回(1961年) シーザー
03回(1962年) コダマ
04回(1963年) リユウフオーレル
05回(1964年) ヒカルポーラ
06回(1965年) シンザン
07回(1966年) エイトクラウン
08回(1967年) タイヨウ
09回(1968年) ヒカルタカイ
第10回(1969年) ダテホーライ
第11回(1970年) スピードシンボリ
第12回(1971年) メジロムサシ
第13回(1972年) ショウフウミドリ
第14回(1973年) ハマノパレード
第15回(1974年) ハイセイコー
第16回(1975年) ナオキ
第17回(1976年) フジノパーシア
第18回(1977年) トウショウボーイ
第19回(1978年) エリモジョージ
第20回(1979年) サクラショウリ
第21回(1980年) テルテンリュウ
第22回(1981年) カツアール
第23回(1982年) モンテプリンス

第24回(1983年) ハギノカムイオー
第25回(1984年) カツラギエース
第26回(1985年) スズカコバン
第27回(1986年) パーシャンボーイ
第28回(1987年) スズパレード
第29回(1988年) タマモクロス
第30回(1989年) イナリワン
第31回(1990年) オサイチジョージ
第32回(1991年) メジロライアン
第33回(1992年) メジロパーマー
第34回(1993年) メジロマックイーン
第35回(1994年) ビワハヤヒデ
第36回(1995年) ダンツシアトル
第37回(1996年) マヤノトップガン

国際競走指定後:
第38回(1997年) 日本の旗 マーベラスサンデー
第39回(1998年) 日本の旗 サイレンススズカ
第40回(1999年) 日本の旗 グラスワンダー
第41回(2000年) 日本の旗 テイエムオペラオー

国際G1昇格後:
第42回(2001年) 日本の旗 メイショウドトウ
第43回(2002年) 日本の旗 ダンツフレーム

第44回(2003年) 日本の旗 ヒシミラクル
第45回(2004年) 日本の旗 タップダンスシチー
第46回(2005年) 日本の旗 スイープトウショウ
第47回(2006年) 日本の旗 ディープインパクト
第48回(2007年) 日本の旗 アドマイヤムーン
第49回(2008年) 日本の旗 エイシンデピュティ
第50回(2009年) 日本の旗 ドリームジャーニー
第51回(2010年) 日本の旗 ナカヤマフェスタ
第52回(2011年) 日本の旗 アーネストリー
第53回(2012年) 日本の旗 オルフェーヴル
第54回(2013年) 日本の旗 ゴールドシップ
第55回(2014年) 日本の旗 ゴールドシップ
第56回(2015年) 日本の旗 ラブリーデイ
第57回(2016年) 日本の旗 マリアライト
第58回(2017年) 日本の旗 サトノクラウン
第59回(2018年) 日本の旗 ミッキーロケット
第60回(2019年) 日本の旗 リスグラシュー
第61回(2020年) 日本の旗 クロノジェネシス
第62回(2021年) 日本の旗 クロノジェネシス
第63回(2022年) 日本の旗 タイトルホルダー
第64回(2023年) 日本の旗 イクイノックス
第65回(2024年)